いでよ哲人宰相

予算カット発言で追い込まれ、農林大臣が辞任しましたが、高市首相の「発言が事実であるとしたら不適切でダサいと思う」という発言を聞いて、違和感をもったのは私だけではないと思います。
「不適切」とは相手を傷つけたり場の空気を壊したりすることを意味します。「ダサい」は恰好が悪い、野暮ったい、あか抜けないことを意味します。不適切でダサい対象は発言であり、それは選挙で自分を応援しなかった自治体の予算をカットしたという発言です。すなわち、高市首相は簗大臣(当時)の予算カット発言は場の空気を壊すあか抜けない発言だと言ったことになります。ということは、場の空気を読んでもっとあか抜けた言い方をすべきだったのではないかと言っていると解釈できます。予算カットしたと発言したこと、また予算カットしたこと(その真偽は不明)がダメなこと、やってはいけないことだとまでは踏み込んでいません。だから、しっかり反省して職務に専念すれば良いという発言が出たのでしょう。少し前、ICCの赤根所長へのアメリカの制裁が発表された時も「残念」との感想を述べるだけで批判を浴びました。これまた制裁に対する認識の軽さを表していました。
このように一つ一つの言葉の意味を吟味してみると、その言葉を発した人の意図が、そして事象に対する認識の程度がわかります。先の好文木で紹介した森嶋通夫氏は『なぜ日本は没落するか』の中で、多くの著名な政治家を輩出しているオックスフォード大学のPPEに触れています。PPEとはPhilosophy(哲学)、Politics(政治)、Economics(経済)です。日本の政治家で哲学を学んだ人といえば、早稲田大学文学部哲学科で学び戦前、戦中と一貫して小日本主義を唱え大陸進出反対の論陣を張り続けた石橋湛山しか思い浮かびませんが、ヨーロッパのエリートの多くは哲学を学んでいます。哲学を学ぶことはものの本質を論理的に突き詰めて考えることにつながります。また多角的な視点を持つこともできますし、答えのない課題に向き合う姿勢も養えます。だから哲学を学んだ人には一本筋が通った人が多いのでしょう。
ローマ帝国の5賢帝時代の最後を飾ったマルクス・アウレリウスは哲人皇帝と呼ばれました。彼の著した『自省録』を読むと、自然とは、神とは、人間とは、を追求し続けています。彼は「哲学者が支配するか、支配者が哲学するかなら、国家は栄える」というプラトンの言葉が口癖だったと伝えられています。
日本においても政治屋に代わる哲人政治家、哲人宰相の出現が望まれます。

