好文木(校長ブログ)
2026.02.19
それを言っちゃおしまいよ

 『男はつらいよ』シリーズで、テキヤの車寅次郎を演じた渥美清さんが亡くなって30年になります。私が予備校時代にお世話になった先生が『男はつらいよ』が好きで正月にみんなで映画館に行ったことを懐かしく思い出します。先生はICU(国際基督教大学)出身で国語と日本史を教えて下さいました。クラッシクにも造詣が深く、フルトベングラー指揮のベートベン第9やモーツアルトのレクイエムなどのレコードを聴きながら勉強をしたものです。今思うと一風変わった余裕のある予備校時代を送りました。
 フーテンの寅さんこと車寅次郎は「それを言っちゃおしまいよ」が口癖でした。たとえ本当のことでもズバッと核心をついて言ってしまうのは配慮に欠け相手を傷つけ人間関係を悪化させてしまいます。「それを言っちゃおしまいよ。だって世の中っていうのはな」と話し出す寅さんの説には「なるほど、なるほど」と頷けたものです。暗黙の了解を敢えて口に出すと関係性が壊れてしまいます。言葉は完ぺきではないので微妙なニュアンスから本音を察することが大事なのですが、これがなかなか難しいのです。
 寅さんの実家は東京柴又は帝釈天の商店街にある団子屋です。隣の町工場の社長がよく遊びに来るのですが、この社長(寅さんはタコ社長と呼んでいます)が寅さんの気に障ることをズバズバ言ってしまいます。最初は「それを言っちゃおしまいよ」レベルなのですが最後には口論となり殴り合いにまで発展します。みんなフーテンの寅さんの扱いに困りながら温かく接しようとするのですが、それが壊れてしまいます。エンディングではマドンナに実らぬ恋をした寅さん、周りと気まずくなった寅さんを周りの人が気にかけながら見送るなかまた旅に出る寅さんの後姿を映しながら主題曲が流れます。「奮闘努力の甲斐もなく、今日も涙の、今日も涙の日が落ちる、日が落ちる」。
 庶民の日常の生活における喜怒哀楽、気持ちの行き違いを通して人の優しさを教えてくれ、観終わるとほのぼのとした気持ちにさせてくれる映画でした。1996年の夏、渥美清さんが亡くなったとのニュースに接し「もう寅さん観れないな」と寂しく思ったものです。
 今開催中のミラノ・コルティナ冬季オリンピックでも選手へのSNSにおける誹謗中傷が問題になっていますが、あらゆる場面で匿名性に隠れた言葉の暴力に苦しんでいる人は沢山います。教育現場でも然りです。人の世は何時の時代も世知辛いものなのでしょうが、昭和の時代にはなかったSNSが憎悪を掻き立てています。決して交わることのない言葉の応酬、世知辛い世の中をさらに世知辛くしている現状に、「それを言っちゃおしまいよ」と、天国の寅さんなら苦言を呈するのじゃないかと思います。

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