衆議院選挙が終わりました。久しぶりの与党過半数割れで、政界に緊張が走っています。1955年、自由党と民主党の保守合同がなって自由民主党が誕生した折、尽力し自民党の副総裁になった大野伴睦(1890~1964)は「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちたらただの人だ」という名言を残しています。この言葉をしみじみと噛みしめている落選者も多いことでしょう。
選挙期間中に、原田マハさんの『本日は、お日柄もよく』を読みました。想いを寄せていた幼馴染の結婚式に出席したOLが涙溢れる感動のスピーチに出会います。その後、友人から結婚式のスピーチを頼まれたことからその伝説のスピーチライターに弟子入りした結果、見事なスピーチを披露します。それがきっかけとなり思わぬ展開に。「政権交代」を目指す野党の新人議員となった幼馴染のスピーチライターになり選挙戦を共に闘うことに。
本の最初に「スピーチの極意十箇条」が示されています。スピーチの目指すところを明確にすること。エピソード、具体例を盛り込むこと。聴衆が静かになってから始めること等など。そして十番目は「最後まで、決して泣かないこと」。今回の選挙では、泣きながら再選を訴えた候補が落選していました。
この小説の中で、主人公のOLが老人ホームを訪れて「言葉の錬金術師」と言われる女性に出会います。彼女はずうっとお年寄りの話を聴いています。「黙って聞く、という行為は、その人のことを決して否定せずに受け止めるということ」と言います。彼女に師事するコピーライターは「聞くことは、話すことよりずっとエネルギーがいる。その分、話すための勇気を得られるんだ」と話します。
「潮騒が引くようにざわめきがやむ瞬間を逃がさずに、最初の言葉を発する。それが美しいスピーチのセオリー。第一声は、印象的に。最初の数十秒で、聴衆の心をつかむ」。著者はこの小説を通じて言葉の力、スピーチの力に期待を寄せています。今回の衆議院選、マスコミでは野党が与党の政治とお金にまつわる疑惑を声高に攻撃するシーンが繰り返し映し出されました。批判はあって然るべしですが、少なくとも与野党の別を問わず各党首から心から感動する希望が持てるスピーチを聞くことはできませんでした。