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好文木(校長ブログ)
2020.05.11
コロナ禍に思う

 臨時休校が5月31日まで延長となりました。これで3度目の延長です。3月から春休みを挟み、3カ月に亘ります。季節の一番良い時だけに残念でなりません。生徒はいなくとも、校内では、四季折々の花が順次咲いていきます。「あるじなしとて、春な忘れそ」と言ったところでしょうか。
 一時は爆発的感染の危機が叫ばれ、医療崩壊の瀬戸際にあると言われましたが、連休が終わって、一日の感染者数と死亡者数を見る限りでは、かなり収束しつつあるように思えます。6月からの学校再開が待たれるところですが、コロナ前に完全復帰するのではなく、変則的な再開になるのではないかと思います。いずれにせよ、大阪府からの要請を待たねばなりません。
 今週から大阪府の指針に沿って、学年別、クラス別の登校日を設けます。校内滞在時間は2時間以内とし、課題の確認や健康チェック等を行い、6月から少しでも順調なスタートが切れるようにしたいと考えています。また、引き続き5月中は各教科からの動画配信を通じて課題学習の補強をします。順次アップしてゆきますので、毎日確認をしてください。
 さて、今回のコロナ禍への政府の対応について、連日マスコミで批判が繰り広げられていますが、日本は強制的な都市封鎖をせず、自粛要請や指示に対して罰則を設けず対応をしているにもかかわらず、欧米のような爆発的感染に至ることなく今日に至っています。少なくとも今のところは、上手くいっているほうではないかと思います。専門家の見解によれば、アジアでの感染者・死亡者が少ないのはコロナの型が欧米と異なるからだそうです。しかし、たとえそうであったとしても、医療従事者のみなさんの昼夜を分かたぬ献身的な尽力の賜物であり、また、ごく一部の例外はあるものの、政府ならびに各自治体の自粛要請に対し従順な我が国の国民性によるところ大であると思います。
 各国首脳の中で、特にドイツのメルケル首相の評価には高いものがあります。第二次世界大戦後、東西に分割され、当時のソビエト陣営に入った東ドイツ出身の彼女は、表現や行動の自由を束縛され続けただけに、自由の大切さと有難さは身に染みています。その彼女が、第二次大戦以来の国難に際して、国民の自由を制限せざるを得ないことを切々とそして決然と訴えたスピーチに、ドイツ国民の心が動かされたことは容易に想像がつきます。傾聴と共感、言行一致が、政治家にとって大切な資質であり、メルケル首相の支持率の高さは、まさに「信なくば立たず」を身をもって体現したものと思います。
 わが国で、ここにきて俄然株が上がってきたのは、数値目標を掲げて、説明が具体的でわかりやすいと好評な大阪府の吉村知事です。質問に対しても正面から明確に答え、歯切れよく、また慣例にとらわれることなく新機軸を打ち出して、府民の信頼を勝ち得ておられるのだと思います。
 一方、政府首脳は、質問に正面から答えることは少なく、質問が発せられた状況についての現状認識を長々と披露することに時間を費やし、具体性に欠け、抽象的な答弁に終始することが多いように思います。先日のPCR検査を受ける目安変更時の厚労相の発言は、火に油を注ぐものです。メルケル首相や吉村知事と比べると、政府首脳の言動には、危機下のコミュニケーションとして、大いに難あると思います。2月末から現在までの我が国の状況を見れば、日本は国民の良識と自主性によって成り立っている極めてまれな国家であると痛感いたします。
 フランスの作家、アルベール・カミュの小説『ペスト』を改めて読み返してみました。この小説の舞台は、ペストに襲われた194※年のフランス領アルジェリアの港町オランです。医師リウーのペスト菌との闘いを軸に、非常事態により都市封鎖されたオランでの不条理に対して葛藤する人間の心理を濃密に描き出しています。
 オランに取材に訪れて都市封鎖に遭い、愛する妻と離れ離れになったジャーナリストのランベールが、「愛する二人が引き離されたままの状態は人道問題で、あなたにはわからない」と、リウー医師を非難する場面があります。「あなたには理解できないんです。あなたのいっているのは、理性の言葉だ。あなたは抽象の世界にいるんです」と詰め寄ります。
 実はリウーも病気の妻を市外の病院に残し、気遣いながらも医師としての仕事に懸命に取り組んでいるのです。彼は「自分も理解できるつもりだ。しかし、そこには布告と法律があり、ペストというものがあって、自分の役目はなすべきことをすることだ」と考えているのです。ペスト禍が進むに従い、リウーはじめ周りの人々の奮闘をみて、オラン脱出を計っていたランベールは、自分も今やオラン市民だと自覚し、街に残る決心をします。
 現在の日本でも、自粛要請により、経済的、精神的に様々な局面で多くの人々が困難な状況にあります。一方で、舵取りをする政府や自治体の長、専門家らは大局的な観点に立たざるを得ません。ここに「理性の言葉」、「抽象の世界」という批判が生まれる余地があります。大局的な判断と個々人の思いを完全に埋めることは難しいかもしれません。しかし、その溝を大きくしてしまうか、小さくできるかは、為政者の言葉に、その覚悟のほどが感じられるどうかにかかっていると思います。
 「世間に存在する悪は、ほとんど常に無知に由来するものであり、良き意志も、豊かな知識がなければ、悪意と同じくらい多くの被害を与えることがある」という作者の言葉からは、昨今の自粛警察のあり様が浮かびます。
 カミュの『ペスト』を読み返してみて、現在との多くの一致点を見出すとき、科学技術が進歩しようとも、つくづく人とは変わらないものだなと思います。そして、「自分の役目はなすべきことをすることだ」というリウーに倣い、私たち各々がなすべき役割を果たすことこそ肝要と改めて思った次第です。

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