師走に入り、今年もあと一月となりました。コロナに明けコロナに暮れる一年ですが、来年度の生徒募集に向け、オープンスクールはラストスパートに入ります。クリスマスツリーが玄関前に設置されています。10年ほど前に私が購入し、毎年生徒会で飾ってくれています。少し飾りが寂しくなってきたように思い、先日、オーナメントを買い足してきました。早速生徒たちが喜んで取り付けてくれました。
ツリーと言えば、ニューヨーク、ロックフェラーセンターのクリスマスツリーが有名です。今年も高さ23メーターのツリーが設置されたのですが、その中から、梟が見つかりました。少し弱っていたそうですが、ミミズなどを食して元気になり山に返されるとのことです。
ローマ神話で知恵の女神ミネルヴァの使いと言われたことから、梟は知恵の象徴とされています。哲学者ヘーゲルは「ミネルヴァの梟は黄昏に飛び立つ」と述べ、哲学は過ぎ去った時代精神を後から一つの概念として取りまとめ示すことしかできないことを示したと言われています。ソ連との冷戦に打ち勝ち、世界唯一の超大国となったアメリカは、トランプ旋風により分断され、コロナ感染者世界一という難局に喘いでいます。また台頭する中国の脅威にさらされ衰退期に入ったともいわれています。さて、アメリカの黄昏に飛び立つロックフェラーセンターの梟は、アメリカ精神をどう総括するのでしょうか。
レーガン大統領時に国家安全保障問題担当大統領補佐官、ブッシュ(父)大統領とクリントン大統領時代に統合参謀本部議長、そしてブッシュ(息子)大統領時、国務長官を歴任したコリン・パウエル氏は、ジャマイカ系移民の息子として生まれ、アフリカ系アメリカ人として初のアメリカ軍制服組のトップに上り詰めました。自らの経験に基づき書いた『リーダーを目指す人の心得』(飛鳥新社)の中には、含蓄ある言葉やエピソードが詰まっています。
パウエル氏は、色々と問題の多かった学生時代の話を若者にするのが好きだと述べています。そしてそのとき、「どこで人生を始めるのかではなく、どこで終わるのかが重要だ」ということをいつも強調するそうです。「「やればできる」は心構えを示しているものであって現実を示しているわけではない。「やればできる」と「必ずできる」は違うが、やればできると信じてベストを尽くせ。未来が過去と同じでなければならないことはないのだ」と。
彼が国務長官になったころ、英国のロビン・クック外務大臣から米英間での高校生の交換留学の提案を受け、米国の若者ふたりをロンドンに送り英国外務省で過ごさせ、英国からも米国にふたり送って国務省で過ごさせることにしました。クック氏に替わりジャック・ストロー氏が外務大臣になってもこのプログラムは続きました。
ここで面白い試みをします。どちらの国からも期待以上の成果を上げてばかりの成功者を選ぶのをやめたのです。英国からは、大学進学予定もなく、トラブルを起こしてきた若者をふたり選んできました。麻薬での逮捕歴のある若者です。このふたりを伴って有力者に会ったり、国務省の会議に出席したりしたのですが、ブッシュ大統領に会ったときにはさすがの彼らも驚いたそうです。そしてその時、ブッシュ大統領は、若者たちに、自分が昔アルコール依存症になったこと、それを克服して新しい人生を歩み、大統領になったことを語ったそうです。日本の外務省ではこうはいかないでしょう。英国からはオックスブリッジに進むような優秀な若者、日本からも東大に行くような優秀な若者を選ぶでしょう。アメリカンドリームを体現したパウエル氏だからこそできた発想だと思います。
パウエル氏が来日し、あるエリート高校で講演をした時のことです。15歳ぐらいの少女が「怖いと思ったことはありますか? 私は毎日、怖いと思っています。失敗するのが怖いんです」と質問をしてきました。その時パウエル氏は次のように答えています。「私は、毎日、何か怖いと思っているし、毎日、何か失敗している。恐れも失敗もなくならない。人生とはそういうものだと受けいれ、そういう現実とどう付きあっていくかを学ぶ必要がある。怖がるのはいい。だが、前にも進まなければならない。怖いのは一時的なことが多く、しばらくすれば怖くなくなる。失敗したら、その原因を解消し、前に進み続ける」。
その清貧の生活ぶりから、尊敬を込めて「世界一貧しい大統領」と呼ばれたウルグアイのホセ・ムヒカ氏もまた、「人生の成功とは勝つことではなく、転ぶたびに立ち上がり、また進むことだ」と来日時のインタビューで述べています。
かたや、超大国の軍人から国務長官、かたや、南米の小国の左翼ゲリラから投獄経験を経て大統領と、立場は違えども、様々な失敗と挫折を経験して責任ある地位に上り詰めた二人は、「レジリエンス(復元力)」、私流にいうなら「挫折力」の重要さを体得しています。
また、パウエル氏は、原子力海軍の父といわれたハイマン・G・リッコーバー海軍大将の講話を胸に刻んで人生を歩んできたといいます。「物事をなすのは組織ではない。物事をなすのは計画や制度ではない。物事をなせるのは、人だけだ。組織や計画、制度は、人を助けるかじゃまするか、である」。
最後にパウエル氏は、「人生とは成功と失敗の連続であるが、これらすべてを合わせたよりも大きいのが、出会った人々とどのように触れ合ったかだ、人生はすべて人なのだ。このことをくみ取って頂けることを願っている。いまの私があるのは、人生で出会った多くの人々のおかげなのだ」と締めくくっています。
人はみな大なり小なり失敗と成功を繰り返して人生を終えます。そして人生の中で影響を受けた人が一人や二人はいるでしょう。しかし、これは人生の上り坂を越えて下りに差し掛かった時に初めて実感できるものではないでしょうか。これから坂を上ろうとする若者には知識として理解できても実感が伴いません。しかし、私たちの仕事はそういう若者に坂を上らせることなのです。何度も坂を転げ落ちてくる子もいます。どこで諦めるか、難しい問題です。私は可能性が少しでもあるのなら、諦めたくないなと思います。一人でも多くの若者が「人生はすべて人なのだ」と思える日を楽しみに。