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好文木(校長ブログ)
2021.06.02
実力も運のうち

 「運も実力のうち」と言いますが、『実力も運のうち 能力主義は正義か?』は、「ハーバード白熱教室」でお馴染みのマイケル・サンデル教授の新刊書です。原題は『The Tyranny of Merit What’s Become of the Common Good?』、「能力主義の横暴 共通善とは何か?」です。
 コミュニタリアン(共同体主義者)の代表論者であるサンデル教授の主張を要約すると次のようになります。「人は成功すると、それは自分が努力した結果だと思うものだが、その成功は決して自分の努力だけではなく、努力して実力を発揮できるような環境や他者のサポートのお陰であり、運に恵まれたからなのだ。しかし、能力主義が、高じると、成功したのは自分の努力の賜物、失敗したのは努力しなかった自己責任との考えに至り、感謝や謙虚さを失い、人を見下すようになってしまう。アメリカ社会の二極化は、過去40年にわたるグローバリズム、市場至上主義、能力主義と学歴偏重主義によりもたらされた。歪みを修正するためには、リベラルアーツ教育の強化と労働の尊厳を回復するために、経済システムの土台にある道徳的問いに取り組む必要性がある」。
 サンデル教授は、アメリカの最も深刻な政治分断の一つに、大学の学位を持っている人と持っていない人の間に存在する軋轢を挙げています。トランプ現象は、学歴の高い人々が中道左派、低い人々が右派政党を支持することによって生まれたと分析しています。アメリカで4年制大学を卒業している人が3人に1人、イギリスでは国民の70%が大学の学位を持っていないという事実は少々意外です。能力主義、学歴偏重主義は、勝者には驕りを、敗者には屈辱と怒りを生み出し、バラク・オバマ元大統領の「Yes, We Can!」(やればできる)もそれを助長することになったと批判しています。本来、労働者の党であるはずの民主党が学歴エリートにより労働者を見下す傾向を強めていることに憤りを感じている教授の矛先が、やや感情的にオバマ元大統領批判に向かっているように思えます。
 「やればできる」は、学歴など土俵が一つだけしかなければ、土俵を割った人にとって最後通牒の厳しい言葉になります。本校のキャッチフレーズ「やればできるは魔法の言葉 自分サイズの未来を拓く チャンスメーカー好文学園」の中にも、「やればできる」という言葉があります。「やればできるは魔法の言葉」の意味するところは、「できる」と思って取り掛かるか、「どうせできない」と諦めてかかるかにより結果が変わるということです。それは能力主義や学歴主義を高揚する趣旨ではありません。一つの価値観にとらわれ、人と比べるのではなく、自分サイズの未来を拓くことこそが幸せを増進すると捉えています。
 サンデル教授は、著書の最後で次のように述べています。「「神の恩寵か、出自の偶然か、運命の神秘がなかったら、私もああなっていた」そのような謙虚さが、我々を分断する冷酷な成功の倫理から引き返すきっかけとなる。能力の専制を超えて、怨嗟の少ない、より寛容な公共へ向かわせてくれるのだ」。
 私自身、学校に職を得て以来「私もああなっていた」と感じ幸運に感謝することがしばしばあります。そのせいなのか、生徒への対応が「やさしすぎる」との批判を受けることもあります。「甘やかしてはいけない。時に厳しさが必要だ」ということはわかっているつもりなのですが、この性分は変えられません。
 レイモンド・チャンドラーの小説『プレイ・バック』での探偵フィリップ・マーロの次のセリフ、私は好きです。「If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.」(強くなければ生きられない。やさしくなければ生きる価値がない)。もちろん、これを甘すぎる批判の言い訳にできないことはわかっています。

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