2020.06.03
非日常の中の日常

 学校が再開され全学年分散登校を実施して3日目です。 5月半ばからの分散登校により、校門での検温と手指の消毒にも慣れ、だんだん生徒たちに笑顔が戻ってきました。いつも校門で私と立ち話をしてから教室に行く二人組も2年生になりました。久しぶりに二人そろって元気に登校する姿に接することが出来て嬉しく思います。休校が長かっただけに身体が馴染んでおらず、授業を受けるのがしんどいと言っていました。ほぼ3カ月のブランクがある上、急に暑くなってきましたから無理もありません。今年は夏休みを短縮して授業補填を行わなければならず、クーラー設定と換気に注意して、熱中症にならないよう配慮が必要です。
 午前・午後の分散登校とはいえ、全校生徒が登校し、学校全体に活気が出てきたように感じます。春休みに整備が進んだ校庭の「水と緑のゾーン」のひょうたん池ではオタマジャクシとメダカが元気に泳いでいます。通常授業が始まれば、お昼休みに訪れる生徒も増えるのではないかと思います。また、サブグラウンドのテニスコートも完成し引き渡しを受けました。これで、A3(エーキューブ)建設に関係した工事はすべて完了となり、本校では未耐震の建物はなくなりました。また危険なブロック塀もすべて撤去し終えました。
 さて、コロナ後の世界は「ニューノーマル」、「新しい日常」として語られています。キーワードは社会的距離(social distancing)です。人と人の距離を離すということです。そのツールとして、欧米に比べ遅れていたIT化が社会の様々な分野で進みだしました。企業では、リモートワークを推奨し、会議もZoomを使って行うことが広がりました。感染予防はもとより、時間と費用の節約になるメリットがあります。通勤電車の混雑緩和にもなります。教育においてもリモート授業で在宅での学習を継続することが出来ます。
 しかし、Zoomでは、上半身は映し出されますが、指先や足は映りません。人はイライラしたり意にそぐわない場合に、足をゆすったり、指を触ったりという仕草をすることが良くあります。しかし、これは画面ではわかりません。また、視覚、聴覚は使えますが、味覚、嗅覚は使えません。直接会ってじっくり話す場合と比べると、コミュニケーションの質は落ちざるを得ません。SNSでは感染者に対する誹謗中傷が溢れました。医療従事者に対する偏見も生まれました。自粛警察など過てる正義の押しつけも起きました。
 「コロナ後の世界は全く違ったものとなる」と言われるのですが、果たしてどうでしょうか。人と人の物理的な距離を離すことが、心の距離をも離し、安心と便利さの代償として、差別や無理解を生んでしまうとしたら、私たちは本当にコロナに打ち勝ったとは言えないのではないでしょうか。

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