
アメリカのトランプ大統領が反ユダヤ主義と左翼思想の温床だとして名門大学を攻撃し、政府補助金のカットをちらつかせて得意のディールを実施し、コロンビア大学などはその軍門に下りました。イスラエルのガザ攻撃に対する抗議を反ユダヤ主義だとするのは全く不合理なものですが、最高権力者には歯向かえない現実があり、将来を見据えて研究開発の質を落とさないためには止む終えずディールに応じざるを得ないと判断する大学側の苦渋の選択にも一定の理解はできます。ハーバード大学の抵抗も時間の問題との見方もありますが、「知」の巨塔の意地を見せてほしいと思います。
明治14年の政変で下野した大隈重信は東京専門学校を作りました。後の早稲田大学です。元老山形有朋は目白の邸宅(現在の椿山荘東京)から早稲田を眺め、「俺の嫌いなものは社会主義と早稲田だ」と言ったという逸話が伝えられています。当時早稲田には藩閥政治に反対する若者が集いました。政府は西郷の私学校と同じかと恐れ圧力をかけて学校運営を妨害しましたが、教授陣と学生が一体となり学問の自由を守るために戦いました。早稲田の在野反骨の精神はここから生まれました。そして多彩な政治家、ジャーナリスト、文化人を輩出してきました。
大学は多種多様な考えのるつぼで、自由な発想の中から新しく有意なものが生まれるダイナミズムを持っています。権力者からすれば好ましからざる点もあるでしょうが、それを許す度量の大きさが求められます。大隈重信は自分を政府から追いやった伊藤博文を早稲田大学の講演会に呼んだり、爆弾を投げつけられ右脚切断の重傷を負わされた玄洋社の来島恒喜が自害すると、彼のために供養料を毎年払ったりと、政治的立場や個人的感情を超えた度量の大きさがありました。豪放磊落な大隈はときには「早稲田の大風呂敷」と揶揄されることもありましたが、国民的人気は絶大でした。一方、大統領に就任すればロシアとウクライナの戦争を24時間以内に終わらせるという大風呂敷を広げたもののTACO(Trump Always Chickens Out)と揶揄されるトランプ大統領は、超大国のリーダーにしては料簡が狭すぎます。彼の感情的な政策によりかつて世界中から集まりアメリカを最強にした「知」が世界に逃避を始めています。これがアメリカの衰退にとどめを刺すことになるかもしれません。