
毎年8月になると太平洋戦争に関する本が書店に並び、テレビでもドラマなど特集が組まれます。私は戦争に関する本は何冊も読んできましたが、今年は近現代史研者の辻田真佐憲氏の『「あの戦争」は何だったのか』(講談社現代新書)を読んでみました。辻田氏は未来につながる歴史叙述について「日本の過ちばかりを糾弾することでも、日本の過去を無条件に称賛することでもない。過ちを率直に認めながら、そこに潜んでいた“正しさの可能性”を掘り起こして現在につなげる、言い換えれば「小さく否定し、大きく肯定する」語りを試みることである」と述べています。
私たちは現在から歴史を解釈するのですが、当時の人びとの考え方や気持ち、時代背景や空気を考慮しなければ正しい解釈はできません。山本七平氏は『空気の研究』で「日本の社会を支配しているのは法律や条例ではなく場の空気である」と述べています。辻田氏の言う「小さく否定し、大きく肯定する」は、過ちを過小評価するという意味ではなく、その場の空気を理解することから始まるということだと思います。
16日(土)、17日(日)の二夜連続のNHK特集「シュミレーション」を見ました。太平洋戦争に向かう前に内閣直属でつくられた総力戦研究所を舞台にしたドラマです。軍人、官僚、民間人から選りすぐったエリートたちを集めて模擬内閣を作り、極秘情報をすべて開示したうえで日米開戦の是非を検討する使命を負った研究所です。日米の圧倒的な国力の差から日米開戦すれば日本の必負は明らかと言うのが結論でした。ドラマでは若干の脚色がありますが、総力戦研究所が設置され必敗の結論が出されたというのは史実で、辻田氏の本でも触れられています。近衛文麿首相も東条英機陸軍大臣もわかっていたにもかかわらず、日米開戦に踏み切ります。多大な犠牲を強いた日中戦争以来醸成されていた世論にもはや逆らえなかったのでしょう。ではなぜ日本は中国に進出したのか深掘りすることが重要です。これが辻田氏の言う「適切な物語を模索し続ける」ことなのだと思います。そしてどこで間違えたのかを検証することが未来志向の歴史探究だと思います。
田中角栄元首相は「戦争を体験した人間がいるうちは大丈夫だ」といっていたということですが、子供たちは言うに及ばず戦争を知らない大人が増えてきました。右でも左でもない「われわれの物語り」を編み直すことがまさに必要な戦後80年かと思います。