好文木(校長ブログ)
2023.01.18
部活動の将来

 部活動の地域移行の可否が議論になっています。教員の長時間労働の解消のために地域移行は必要だという見解と、部活動は教育の一環として価値があり必要だという見解があります。
 教育の目的は自立した社会に貢献できる人間を育てること、すなわち自立貢献の一言に尽きます。「教育の一環としての部活動」とは、部活動を通して自立貢献に資する人間を育てるということに他なりません。技術の向上、ましてや試合に勝つことを求めているのではありません。部活動において他者とかかわりながら技術向上を図る過程での人格の陶冶が重要であり、その結果として勝利に至るというのがあるべき部活動の姿です。
 しかしながら、運動部でも文化部でも、大会やコンテストがあれば、それに勝利したいと思う気持ちがはやります。顧問も生徒も勝ちを取りに行こうとします。その気持ちは当然のことですが、行き過ぎると勝利至上主義に走り、顧問やコーチによる体罰や部員間でのいじめの原因となります。楽しいはずの部活動が苦しいだけのものとなり、心を育てるはずの部活動が逆に心を病ませてしまうことになりかねません。
 日本女子初の柔道世界選手権覇者でソウル五輪銅メダリストの筑波大学教授、山口香さんは、大学で柔道部に入るまでは町道場で柔道をやっていたそうで、部活動は強制を脱して個人に委ねるべきだとの考えです。(2023.1.16日本経済新聞) 
 「そもそもスポーツは楽しむものであって強制されるようなものではない」、「学校という空間は逃げ場が少ないところだ。部活を外に出すことで、閉鎖的な環境が生み出しやすい体罰やいじめ、ハラスメントといった弊害をなくすきっかけにもなる」また「帰宅部で習い事や勉強を頑張るのも、週末は部活動を休んで他のことに打ち込むのもいい」と山口さんは述べています。
 私も生徒から部活の悩みを相談されることがあります。部活動には楽しむというより、苦しくても歯を食いしばって頑張ることが美徳だというようなイメージがまだまだ残っているように見受けられます。部活だけでなく勉強でも仕事でも楽しいことばかりではなく苦しいこともたくさんあります。それを乗り越える挫折力が必要なことは言うまでもありません。しかし、苦しいけど楽しいという「苦楽しい」感覚が大事です。苦しいだけでは続きません。良いストレスは成功の起爆剤となります。しかし、心が病んでしまうようでは、それはもうよいストレスではなく悪いストレスです。
 永年バスケットボールの指導をされ現在は桃山学院教育大学の副学長をなさっている比嘉悟先生には、芦屋大学の学長をされていたころからご厚誼を賜っております。先生とは何度か食事をしながらお話を伺い、お書きになった本も頂戴し拝読させていただいています。『“人間力”を育てる—スポーツと教育を貫く芯』は赤線を引きながら読ませていただきました。
 先生はご自身の体験をもとに「人の心を傷つけることや嫌がることは言わない、やらない」を人生哲学の一つとされてきました。高校の教員となり、バスケットボール部の顧問をしていた時、練習に行き詰まり勝てないことを最初は生徒や学校のせいにしていたそうですが、当時インターハイで33回の優勝を誇る能代工業高校の加藤廣志先生を訪ねられた折にいただいたアドバイスの言葉「1日たりとも選手と離れる指導者はただのコーチですね」により開眼したと書いておられます。
 ただ技術を教えるのではだめで、1日たりとも生徒と離れない、生徒一人ひとりの心がわかる指導者になるべきだと身をもって範を示してくださったそうです。以来、電車の中でのマナーも教え、言葉遣いや気遣いにも、挨拶にもいちいち口を出す。そして学業成績にも気を配り、毎朝、新聞や雑誌の切り抜きを用意して、感想と意見を言わせる。また、本を読ませ夏休みには感想文を書かせる。一流の人に会わせるためバイオリンの演奏会に連れて行ったことも。教えることは学ぶこと、「我以外、みな師なり」の気持ちで謙虚になり、生徒との信頼関係を大事にしなければ勝利に導くことはできない。指導者には生徒の心に灯をともす熱い情熱がなければならないと言われます。先生のお話を伺うといつも新たな勇気が湧いてまいります。これがまさに教育の一環に値する部活動のあるべき姿だと思います。
 教師の仕事は時間通りに割り切れるものではありません。しかしながら、プライベートを犠牲にして献身的に従事してきた諸先輩方の考え方をこれからの若い教員にも求めることはなかなか難しいと思います。これを求めることは今や時代の要請に逆行します。しかし、限られた時間の中で比嘉先生のやってこられたようなことを効率的に実践し、技術を教えるのではなく心を教える部活動を行うことはできます。時間の長さではなく質です。
 部活動の地域移行の議論では、教員の働き方改革の視点と教育の一環としての部活動の必要性とが相対立することのように見えていますが、本当に問うべきは部活動の内容ではないかと思います。部活動の将来は精神論だけではなく科学的な指導方法も含めて、教員がどれだけ情熱をもって、勝つためではなく、一人ひとりの生徒の人間的な成長に寄り添おうとするかにかかっていると思います。

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