
3月末にしては季節先取りの暖かさの中、校庭のソメイヨシノが開花しました。4月4日の入学式に向けて準備が進んでいます。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」ということわざがあります。3月23日付日経新聞の「分厚い教科書理想手探り」はまさにこれだろうと思いました。
小中高で使用する教科書が厚みを増しており、この20年で小学校の教科書のページ数は約3倍、中学校は約2倍になったそうです。ゆとり教育の揺り戻しです。学習指導要領で「主体的・対話的で深い学び」を掲げ、その流れに拍車がかかりました。しかし、それをサポートする教員の育成が追い付いていないといいます。増加する不登校の対応等多忙で教材研究の時間が取れない教員や教科書の大事な部分を取捨選択せず網羅的に教えようとする教員など。挑戦し解決する力を育むはずが、学習内容を画一的に増やした結果、主体的な学びにつなげる授業を展開できない皮肉に陥りつつあると述べています。
本校においても歴史などの教科は苦労しています。歴史は過去との対話であり未来へのヒントを与えてくれる面白い教科のはずなのですが、その醍醐味を伝えることが難しく、生徒は依然として暗記科目だとの認識が拭えず、大変残念に思っています。
こども家庭長による2023年の調査では「うまくいくかわからないことに取り組める」や「自分の考えを伝えられる」と答えた割合が米・独・仏に比べて著しく低く、主体性が育っているとは言えません。チャレンジ精神が希薄なのは失敗したくないからじゃないでしょうか。小さいころからの「失敗しないように」という教育の賜物かと思います。私は日頃から生徒にも教員にも失敗に学ぶ挫折力の大切さを説いているのですが。自分の考えをきちんと伝えられないのは欧米人に比べてシャイだということもありますが、プレゼン力の未熟さもあるでしょう。最近はアクティブラーニングばやりで結構訓練されていると思うのですが、あまり効果は出ていないのかもしれません。
学ぶ内容が多いと、生徒は消化するのに精いっぱいで、じっくり考える時間が取れていないのでしょう。経済協力開発機構(OECD)が実施している学習到達度調査(PISA)で世界トップ級の成績を誇るシンガポールでは2005年から教える内容を減らす「Teach Less, Learn More」政策を展開しているそうで、日本はその逆を行っています。教育先進国のスウエーデンが学力低下からデジタル教科書をやめて脱デジタルに移行するというニュースが伝えられましたが、日本はデジタル教科書をこれから本格導入します。日本は何につけ常に欧米の10年あとを追いかけているのですが、最近は変化が激しいためか、また日本の決断が遅いためか、こういった現象が起こるのだろうと思います。
「詰め込み式」から「ゆとり」に代わりまた「詰め込み式」に戻った感がありますが、本当の意味での学力向上につながっているのか大いに疑問です。